第二回【座談会】倫理委員会の中央化

はじめに

東京大学医学部 研究倫理支援室では、研究倫理を取り巻く現在の動向を調査し、今後の研究倫理はどうあるべきかを検討するため、様々な業界の有識者へのインタビューを行っています。

第2回目となる今回は、日本の大学機関で倫理委員会の業務に携わっている先生方にお集まりいただき、倫理委員会の中央化について語っていただきました。

参加者 ※敬称略

パネラー

大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部 臨床研究センター センター長 山本洋一
宮崎大学医学部付属病院 臨床研究支援センター 研究倫理支援部門長 岩江荘介
東京大学医学部研究倫理支援室 副室長 赤林朗

コーディネーター

東京大学医学部研究倫理支援室 倫理委員会事務局長 上竹勇三郎

オブザーバー

東京大学医学部研究倫理支援室 渡邉卓也

1.なぜいま中央化の議論が起きているのか?

座談会の目的

上竹

日本には倫理委員会が2,000〜3,000もありますが、これはアメリカの2倍、韓国の7〜8倍、そしてフランスの約40倍という数です。この数の多さは、審査の質のばらつき、審査手続きの煩雑さとなって表れ、すでに問題視されています。
これらを是正し、“質の向上”“標準化”“集約化”を目指す必要があることは国も認識しています。そのために平成26年度から「認定倫理委員会制度」を立ち上げました。現在42の認定倫理委委員会が存在します。しかし、まだまだ理想の形とは言い難いのが現状です。
本日は、今後の研究倫理の鍵を握る「中央倫理委員会」のあり方について、全国の研究倫理の現場で活躍されている先生方と議論していきたいと思います。

歴史的背景

上竹

そもそも、なぜ今「中央倫理委員会」の議論が高まっているのでしょうか?

赤林

東京大学医学部研究倫理支援室 副室長 赤林朗氏
赤林朗氏

はい。私は平成12年ぐらいから京都大学の倫理委員長をやっていましたが、当時から「中央倫理委員会」という考え方はありました。
中央倫理委員会とは、各研究機関に設けられている倫理委員会の中核を担う組織です。中央倫理委員会に集約することで、倫理審査の質の向上や、共同研究における、複数の倫理委員会が重複審査をすることが避けられるため、研究開始のスピードが速まるなど、様々なメリットが期待できます。
特にここ数年は、その機運が高まっています。その理由を考えると、大学の研究不正が大きくマスコミに取り上げられた結果があると思います。その点、山本先生はいかがですか?

山本

私は、約10年前の「臨床研究の指針の改正」(※)がきっかけだと思います。
阪大もその時に、臨床研究を支援する部門を作りました。その頃から、日本全体が、しっかりと研究倫理について考えていかなければならないという方向に舵を切ったのではないでしょうか。

※臨床研究の指針の改正=平成15年に施行された「臨床研究に関する倫理指針」について、研究倫理や被験者保護の一層の向上を図るために全般的な見直しがされた、いわゆる「平成20年改正」のこと(平成20年7月告示・平成21年4月施行)。倫理委員会の充実や適切な実施体制の確保など5項目の具体的な指針が示された。

赤林

そうですね。確かにそのあたりから、中央審査委員会という話も盛り上がってきました。

上竹

岩江先生はいかがですか?

岩江

宮崎大学医学部付属病院 臨床研究支援センター 研究倫理支援部門長 岩江荘介氏
岩江荘介氏

私がこの仕事に関わりだしたのはもう少し後からなので、立ち上がりの頃のことはわかりませんが、この仕事を始めた平成27年頃に走り始めた「臨床研究指針」や「疫学指針」が示す「中央倫理委員会」とは、小さな施設で倫理委員会がなかったり、あってもほとんど機能していなかったりする研究機関に代わり、東大や阪大、宮崎大のような国立大学が代わりに“一括審査”すべしという、審査の質の向上より審査の効率を重視した制度だったと思います。

上竹

なるほど。”一括審査”という言葉が出てきましたが、確かに一括審査のための中央化なのか、第三者性・公平性・中立性など質の向上のための中央化なのか、その辺りが一般的な議論としても混同していると思います。
東大の場合は、公平性・中立性・第三者性を担保して、病院からも離してやっていこうというスタンスですが、今後日本全体としてはどういう方向へ向かっていくのでしょうか。赤林先生はどう思いますか?

2.中央倫理委員会のあり方

赤林

まず、岩江先生がおっしゃったように、今の動きは中央で一括審査することによる効率化が第一目的のように見えますね。
上竹先生がおっしゃる、公平性・中立性・第三者性ということですが、イギリスや他の国では、もともと病院の外にあるというケースが多い。施設の中にあっても、外部委員、例えば一般の市民の方を入れて透明性を高めることなどで、第三者性・公平性・中立性は担保できます。

山本

大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部 臨床研究センター センター長 山本洋一氏
山本洋一氏

要するに、IRB(※)なのか、REC(※)なのか、ということですよね。たしかにIRBでも第三者を入れたりして中立性を保つことはできますが、限界はあると思います。例えば、すごくリスクの高い介入研究などは、より中立性の高い外部機関に審査してもらうことも有効だと思います。

※IRB=Institutional Review Board 施設内審査委員会
※REC= Research Ethics Committee 倫理審査委員会

上竹

岩江先生はいかがですか?

岩江

情報のみを利用した観察研究など、研究者の責任においてある程度行っても問題がないレベルの研究であれば内部で良いと思います。その範疇では収まりきらない、山本先生がおっしゃる介入研究、つまり被験者に直接危害が及ぶ可能性が完全に払拭できないものについては、施設内だけでは限界があると思います。

上竹

企業なども、ハイリスクなものはなるべく第三者にやってもらった方が良いという考え方のようですね。

第1回「企業と研究倫理」へ

 

3.倫理審査委員会の中央化のメリット・デメリット

上竹

中央化の「メリット」と「デメリット」についてはどうですか?

山本

一番大きなデメリットは準備態勢の格差が浮き彫りになることでしょう。それぞれの施設がちゃんとできるようになってから中央化されれば大きな問題はないのですが、まだ体制が整っていない所が中央化を依頼されたら、ちゃんとやっていけるのかどうか?研究者が優秀なら問題ないという考えもあるかもしれませんが、研究者はスーパーマンではないので、やはり施設が研究の支援や管理をする必要があると思います。そこの議論を飛ばして中央化を進めているのが非常に危ないと私は思いますね。

岩江

宮崎大学医学部付属病院 臨床研究支援センター 研究倫理支援部門長 岩江荘介氏

メリットは、効率化、全体の作業量の減少です。デメリットは質の低下です。これは山本先生がおっしゃったことと同じなんですが、人材もスキルも整っていない施設──それはうちの大学も当てはまりますが──いきなり中央審査という話になったら、質を担保できるかどうか……。

赤林

審査を通した後、どこまでフォローアップするかということもまだ議論されていません。通った後に、「審査は通っていますから、大丈夫ですよ」なんて、中央倫理委員会のお墨付きを悪用して無茶な研究協力を患者に依頼する可能性もゼロでは無いわけですから。

上竹

ということは、大小様々な研究実施施設の研究実施面での向上なくしては、この制度はなかなか難しくて、そこが育たないと、中核のような中央の施設が、いわゆる分担施設の倫理審査だけではなく、実施面での管理までせざるを得ない状況となってしまい、結果として中央の事務局の業務量が多大なものになると予想されるのがデメリットということになりますでしょうか。

山本

そこは役割分担だと思いますよ。ただ、審査は中央に任せても、研究実施施設が本当にちゃんとやってるの?という部分は出てきますが……。

赤林

今はまだ“土壌”ができあがっていないと思いますね。

上竹

時期尚早だと?

赤林

ステップをちゃんと踏まなければいけない、という話です。

岩江

そもそも中央倫理委員会に多くのものを求めすぎていますよね。問題は山積みなのに、始めればなんとかなるだろうという空気を感じる。

赤林

それは幻想ですよ(笑)政府の指針は、施設の長が承認すればOKというスタンスだけれど、現場はそう簡単にはいかない。

岩江

入り口にすぎないですよね。

赤林

本当に、入り口のほんの第一歩です。

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

 

4.国際的な動向

上竹

国際的にはどうなんでしょうか。山本先生は海外の現場を多く視察されていますが。

山本

ヨーロッパの場合は、中立性の高いRECが中心となってやっているのですが、その質がすごく良いかというと、必ずしもそうではありませんね。中央化されると現場の情報が入りづらくなるのかもしれません。
    アメリカの方は、AAHRPP(※)というNPO団体がイニシアチブをとっています。倫理委員会と組織と研究者の3つを同時にチェックするのが特徴で、研究者にもランダムでインタビューするなど、きめ細な活動をしています。もしうまくいっていなかったら、処罰するのではなく教育して改善していこうという考えも好感が持てます。政府に頼るのではなく、自分たちで被験者保護をしっかりしようという意識が高いです。

※AAHRPP=臨床研究を実施している団体とともに被験者保護のレベル向上に取り組んでいるアメリカのNPO団体。被験者保護のレベルがアメリカ政府の要求レベルをクリアしている施設に認証を与えている。

上竹

アジアはいかがですか?

山本

台湾では、倫理委員会の中央化に対して随分前から試行錯誤しています。結果的に完全な中央化ではなく、各施設の審査も取り入れながらバランスよくやっています。いわば“ハイブリッド式”でしょうか。

上竹

海外と比べて、日本に足りないのはどのような点ですか?

山本

「事務職」の人の頑張りですね。いえ、日本の事務職が頑張っていないということではないんですよ。海外はプロ意識と向上心をしっかり持って働いています。しかし日本はいわゆる“事務さん”が多く、プロとして積極的に仕事をしようという人は、残念ながら少ない状況です。

岩江

確かに日本の倫理審査って、プロフェッショナルとしての審査というより、コンプライアンスのチェックがほとんどで、事務仕事的なんですよ。指針の文言に寸分違わないことが“倫理”なんです。指針より被験者保護が大事だろう、と思うんですが。

赤林

あくまで指針なので、法律ではないのですがね……。
ただ、指針に従わないと、研究費をもらえなくなりますから、これは研究者にとっては大問題。だから、本来の被験者保護のための審査ではなく、とにかく指針に合わせて無事に通すための審査になってしまっているのでしょう。

 

5.資金の確保、事務局体制

上竹

東京大学医学部研究倫理支援室 倫理委員会事務局長 上竹勇三郎 氏
上竹勇三郎氏

プロフェッショナルな仕事をするには、“お金”の問題も避けては通れません。事務局の運営費や人件費は、現状、大学の運営費、公的資金、審査料などで賄っているわけですが、求められるレベルを鑑みますと、まだまだ十分とは言えません。国は、審査料をしっかりとって事務局の経費に充当すべきと言っており、具体的には、今後認定臨床研究審査委員会で審査する案件については、審査料を1件あたり50万円〜100万円ぐらいに設定すべきでは、などと言っていますが、果たしてそこまで取れるのか疑問が残るところです。

さて、経費で大きいのは人件費です。事務局の人件費も、医療系と事務系では随分と変わってきます。阪大はどちらかと言うと、医療系の方が多いと聞いていますが?

山本

阪大の場合は当初から医療職中心でやってきたのですが、医療職ばかりだとお金がかかるので、医療職以外でもできる仕事は事務職の方に入ってもらい、やってもらうようになりました。すると事務の人でも3〜5年もやれば、結構なレベルの仕事ができるようになるんです。いまは観察研究であれば、大体チェックできますよ。

岩江

うちは、倫理審査の申請書チェックは事務職の方がやっています。同じ研究支援でも、DM(データマネジメント)というセクションについては、専門的な内容なので、病院の治験部門での実務の経験が長い、“スーパー事務職”といわれる方が行っています。研究デザインの指導などレベルの高い相談を受けたりする教員として医師が1名おりますが、事務局には医療職はいません。

上竹

なぜ医療職の人が少ないのでしょうか?

岩江

地方なので、こういう仕事をしに来てくれる人が少ないんですよね。もちろん、給料の面もあると思いますが……。

山本

地方じゃなくても難しいですよ(笑)

上竹

やはり先立つものが大事ということですね。具体的にはどのようにやりくりしているのでしょう?

山本

阪大は日本で最初に課金の仕組みを作りました。観察研究も含めて、1研究あたり4〜12万円の申請料をいただいています。その収入として、年間にある程度のお金が入ってきます。それを被験者保護室のスタッフの人件費などに充てています。ただ、システムの管理費や改修費を含めるとそれだけでは足りないので、AMED(※)からの公的資金や、医学部からの資金、そして治験収入などでなんとかやっています。

※AMED=Japan Agency for Medical Research and Development 日本医療研究開発機構

赤林

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

阪大は、指針が改正された時に、すかさず山本先生を呼んで、こういう部門を作ったのは先見の明があったと思います。そして臨床研究もどんどんやっていこうという狙いで、医学部が最初にお金を出したのが大きい。

上竹

宮崎大学はいかがですか?

岩江

うちは内部審査なので、お金はとれないですね。

山本

うちは課金の仕組みこそ最初に作りましたが、具体的な金額については、まだまだ議論が必要だと思っています。もちろん企業からはしっかりとるべきでしょうが、医師が主導している研究に対しては、どれくらいとっていいものか……。台湾はせいぜい数千円程度ですし、ヨーロッパは国がやっているのでそもそも取りません。

上竹

アメリカはどうなんですか?

山本

企業からの申請と公的研究機関からの申請とで、うまくバランスをとっていると思いますよ。

上竹

なるほど。あまり研究者に負担が掛からないようにしているんですね。

山本

そうですね。

 

6.教育の重要性

上竹

倫理委員会の質の向上のためには研究倫理の「教育」も非常に重要になってくると思うのですが、例えば「eラーニング」のシステムはかなり乱立しています。
阪大は「CROCO(※)」、東大は臨床試験アライアンスと連携して「CREDITS(※)」というシステムを独自に持っていますし、他にも文部科学省の委託で信州大学が行っている「CITI Japan(※)」など多くのeラーニングのシステムが存在しています。AMEDも新たに教育システムを開発しているようですね。

※CROCO=Clinical Research Online Professional Certification Program at Osaka University
※CREDITS=Clinical Research Education and Interactive Training System
※CITI Japan=Collaborative Institutional Training Initiative Japan

このように教育システムが乱立しているのは、煩雑化という意味でも、大きな問題だと思います。継続教育ならまだしも、基礎的な教育についてはeラーニングのシステム一元化されていても良いようにも思いますが、山本先生はどうお考えですか?

山本

僕は少し違った考え方なんですね。本来、大学の教育というのは研究室や教室がベースにあって、そこにいる学生なり研究者が、いつでも会えて、話を聞ける、授業も受けられるというのがベスト。それができないからeラーニングがあるわけで、だから大学ごとに現場の教育体制があり、その上で、現場の教育体制にあわせたeラーニングシステムを持つという考えがあってもよいと思います。

上竹

運用次第によっては、いくつもあっていいと。岩江先生は、いかがですか?

岩江

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

僕は、教育の基本はOJT(※)だと思います。支援側の教育の場合、提出された申請書をしっかり読んで、もし問題があったらどう直すかを考える。それでこそ、指針の内容や研究倫理の基礎をしっかりと学ぶことができるんです。研究者側も、実際に申請書を書く中で色々なことを具体的に学べるはず。つまり、支援側も、研究者側も、実際の仕事を通して学ぶのが一番効果的だと思います。
eラーニングは……内容を網羅するのには優れていますが、最後のクイズだけ2〜3回やったら合格、という風に形骸化しがちなのがちょっと怖いですね。

※OJT=On-the-Job Training 現任訓練

上竹

なるほど。倫理委員会の仕事にしても、委員ごとに観察研究から侵襲介入研究や再生医療まで色々あるわけですから、全ての人に同じ教育をしていいのか?という問題はありますよね。事務局員もしかりです。
ただ、効率性の問題もありますので、まず基礎的なことを一括的にeラーニングで学んでもらって、その後、専門的なことを個別の研修会などを開いてフォローするのがいいのでしょうか。
アメリカのCITI のeラーニングと「プリマー(※)」の活動がそのような位置付けになると思いますが?

※プリマー=PRIM&R(Public Responsibility In Medicine and Research)
米国の、研究における倫理水準の向上を目的に、資格認証と教育環境の整備を行う団体。

山本

プリマーは合計4日間あって、20くらいセッションがあるんですよね。自分が聞きたいと思うセッションを自由に選択して行ける形になっていて、そこで必ずディスカッションがある。日本はせいぜい2つに分かれるくらいですので、自分の行きたいセッションに必ずしもあるわけではありません。
しかもアメリカの場合、そういうセッションはそれぞれの倫理委員会から何人か必ず行くようになっていて、そのための費用も必要経費だと考えています。参加費が1人10万円以上で、プラス交通費と宿泊費ですから相当ですけどね。大阪から東京に派遣するのも渋る日本とは大違いですよ(笑)。

上竹

確かにそうですね(笑)。
赤林先生はいかがでしょう?

赤林

eラーニングとか本というのは補完的なものですから、やはり限界があると思います。だからこそ、「研究倫理支援室」の出番だと思うんですけどね。そこで手順などについて、研究者にどう教育的に教えてあげられるか?もちろん教える人材も開発しなければなりませんがね。

上竹

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

今後、倫理委員会の活動がより本格的になっていけば、その分、事務局の人間のスキルアップも求められます。ところが、今の枠組みの予算では、とても根本的な教育は無理でしょう。だから人材交流もかねて、色々な機関でOJTをやって、人材のボトムアップをしていかないといけないと思います。

山本

うちもスタッフの教育についてはかなり力を入れています。学会に行かせたり、資格を取らせたり……研修会など行きたいところがあったら、海外を含めてどこでも行ってください、と(笑)。

上竹

それはモチベーションが上がるでしょうね。

 

7.各種連携の可能性

上竹

さて、教育システムに続いては、契約書や申請書など書類の共有化について議論したいと思います。
実はうち(東大)は独自の仕様にこだわっていなくて、阪大の仕組みにそのまま乗っかってもいいとさえ思っているのですが、その辺りいかがでしょう?

山本

うちは、臨床研究電子申請システムのコアのところは他の施設と共通なんですが、実際の申請があった後、医療職や事務職がチェックしていくステップや、返し方などが異なっています。ですから、各施設が使いやすいように少しずつカスタマイズしているという状況ですね。コアは基本的に一緒なので、そこは共有すれば使いやすくなるとは思いますけどね。

上竹

そうですね。申請書を合わせるくらいのことであれば、かなり実現可能なのかなと思いますが、岩江先生いかがでしょうか?

岩江

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

そうですね……うちは、結構カスタマイズしていますね。後々の検索をしやすくするために、研究の分類や属性を細かく分けてシステムにデータ入力してもらうとか……臨床研究の範囲はすごく幅広いので、書式の統一はなかなか難しいかもしれません。
一方で、今年(平成29年)4月に成立した「臨床研究法(※)」の申請書や実施計画書、説明同意文書の書式こそ統一しないと、共同研究がやりづらい、あるいはスムーズに進められないという事態に陥る恐れがあります。自主臨床研究と比べれば、各施設の事務裁量の幅も狭いと思います。

※臨床研究法=「ディオバン事件」など相次いで発覚した研究不正をきっかけにつくられた法律。規制を課すことで研究不正を防止し、臨床研究に対する信頼性を取り戻すのが狙い。

山本

たしかに、臨床研究法だったら、治験が統一フォーマットになっているように共通化するのは比較的簡単だと思います。

岩江

急がないと!例えば“1年後に統一しましょう”では遅い。それぞれが独自にカスタマイズしてしまって、いざとなったら“うちはもうダメ”っていう話になりかねない。

上竹

やるならいましかない、ということですね。

岩江

ただ、そうしたガバナンスのあり方を発信する場がないんですよね。

山本

そう、プリマー的ものがない。そこが、やっぱり日本の医学研究分野の問題点だと思いますよ。

──ここで上竹が、同席していた東大研究倫理支援室のスタッフ・渡邉卓也に水を向けた。

上竹

ところで渡邊さん、せっかくなので何かありますか?

渡邊

はい。倫理支援職は、研究の適正化の貢献はできていると思うのですが、研究の発展にはなかなか貢献できていないのかなと思ってしまいます。倫理支援職は、どのようなモチベーションで働くと良いでしょうか?

山本

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

支援職は、研究にストップをかけているイメージありますが、支援職がそこできちんと働かないと、変な研究が世にでるわけですから、役割は大きいですよね。
海外の支援職は、すごくプライドを持って仕事をしています。台湾や韓国では、組織の誰かが、年1回必ずアメリカのプリマーに行って積極的に勉強しています。日本の支援職も、それくらいやれる自由さがないと本当はいけないと思います。
うちは、事務職の人にもプリマーに行ってもらっていますし、行くだけではなくて学会に出ろとも言っている。学会で論文を発表することも課しています。それが良いトレーニング、そしてモチベーションの元になっていると思います。

渡邊

あと、仕事をしていると本当にこれで良いのか?他所ではどうやっているのか?と思うことがあります。つまり実務者同士で情報交換したいのですが、そういう場所や機会がなかなか無くて……。

山本

阪大では10年前から、事務局のスタッフを連れて先進的な所を訪問することをしてきました。もちろんそこでは意見交換もしました。

上竹

本当に先進的ですね。

山本

意外かもしれませんが、周りからは「阪大みたい所が臨床研究の中核になるなんて思いもしなかった」とよく言われます。基礎研究ばかりで、そういう土壌など全くありませんでしたからね。しかし、当時の研究科長や病院長がいち早く目をつけて、臨床研究の体制を整えるために予算を出してくれたのが非常に運がよかったと思います。

赤林

阪大の先生方は、本当に先見の明があったと思いますよ。

 

8.まとめ

上竹

そろそろ時間が無くなってきましたので、一言ずつまとめの言葉をお願いします。まずは山本先生。

山本

はい。日本の臨床研究における国際的な地位ということを考えると、体制は以前に比べてだいぶ整ってきたと思いますね。今後もう少し現場の意見を取り入れ、現場主導で動く体制ができれば、日本の研究の地位も再び上がると思いますよ。やはり、国任せとうのはやめて──もちろん国の指導なりお金はお願いしないといけないけれど──もっと現場主導でやるような体制を築くことが重要だと思います。

上竹

ありがとうございます。
岩江先生、いかがでしょうか?

岩江

僕も全く同じで、少なくとも臨床研究に関する政策形成の場に、もっと研究支援の現場の人間を関与させるべきだと思います。単に審議官を送り込むという話ではなくて、もっと手前の段階から議論の場を作って問題提起を行うような活動が必要です。

上竹

赤林先生、いかがでしょうか?

赤林

東京大学研究倫理支援室 倫理委員会の中央化について座談会の様子

今日分かったことは、中央倫理審査委員会というものを進めていくには、まだまだ日本では下準備が必要で、一足飛びにいけばハッピーになれる、というわけではないということです。
例えば、ヨーロッパの例では、中央倫理審査委員会をやっていても問題があるという話が出てきました。アメリカの例ではNPOを上手く活用しているという話が出ましたが、日本は中央倫理審査委員会も進めながら、かつ米国のやり方も参考に、独自の方法論を探るのが良いのかなと。その際には「現場感」と「ボトムアップ」、これが一番重要だと思いました。この二つを意識して今後も努力していけば、いずれは良い制度ができるのではないかと思います。

上竹

わかりました。皆さん、これからもお互いに頑張って参りましょう。
本日はどうもありがとうございました。

一同

どうもありがとうございました。