より良い研究を設計する為に、研究者と“伴走”する存在であってほしい
研究倫理支援室では、医学研究者が倫理的に適切な研究を円滑に実施できるよう、研究倫理支援サービスの質の向上を心がけ、日々の業務に取り組んでいます。
では、実際に研究倫理支援室に相談を寄せてくださる研究者の皆様から見て、私たちはどのように映っているのでしょうか。現場の率直な声を伺い、今後のよりよい研究支援につなげていくことを目的に、研究者の方々に話を聞いていきます。
今回お話を伺ったのは、東京大学医学部附属病院 血管外科に所属される保科克行病院教授と白須拓郎特任講師です。「大学病院だからこそ、アカデミックサージャンであれ」という基本姿勢のもと、エビデンスに基づく治療と、医学を一歩前に進める研究の両立に取り組まれています。
多施設共同研究や全国レジストリの活用が当たり前となり、研究の規模は拡大しています。一方で、倫理審査をはじめとする制度はより高度化し、研究者に求められる責任や手続きも増しています。そのなかで、研究倫理支援室の存在はどのように受け止められているのでしょうか。お二人に率直な思いを伺いました。
大学病院だからこそ、アカデミックサージャンであれ
--- 今日はよろしくお願いします。はじめに、簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
保科
白須
血管外科で特任講師を務めています。大学院修了後にアメリカへ留学しました。その後、大阪の病院での勤務を経て、現在は東大に戻って3年目になります。研究は大学院時代から続けており、現在も臨床と両立しながら、研究にも力を入れて取り組んでいます。
--- 血管外科のWebサイトを拝見していて、「公私含めて、外科医としてハッピーに過ごそう」という言葉がとても印象に残りました。保科先生ご自身が、チームを率いるうえで大切にされている考え方について、教えていただけますか?
保科
外科医として働く以上、まずはその仕事にやりがいを感じてほしいと思っています。せっかく外科医になったのに、権威勾配の中で萎縮してしまったり、自分の意見が言えなかったりする環境では、ハッピーに働けませんよね。
外科の世界には、どうしても“スーパードクター”のような存在が注目される風潮があります。でも私は、一人が突出するよりも、みんなでうまくなるほうがいいと思っているんです。平均打率を上げる、という言い方をよくしますが、チーム全体のレベルが上がることのほうが、結果的には患者さんのためになります。
保科
ですから、チームのみんなには、できるだけ早く一人前になってもらいたいし、遠慮せずに意見を言える雰囲気をつくることは意識しています。もちろん年齢差があれば多少の遠慮はあるかもしれませんが、それでも風通しは良くしておきたい。
公私含めて“ハッピーに過ごす”というのは、甘やかすという意味ではありません。外科医として誇りを持ち、自分の判断に責任を持ちながら成長していく。そのプロセスを前向きに楽しめる状態であってほしい、ということなんです。
--- そうしたチームづくりの影響もあって、血管外科では数多くの研究をされています。研究において、大切にしている考え方はありますか?
保科
やはり基本にあるのは、アカデミックサージャンであれ、という姿勢ですね。臨床をしている以上、日々の診療が最優先です。ただ、それだけでは大学病院である意味がないとも思っています。目の前の患者さんを診ることと同時に、医学を一歩でも前に進める。その両方を担うのが、大学の外科医の役割ではないでしょうか。
カンファレンスでも、「何を根拠にその治療方針を選ぶのか」という議論は必ず出ます。エビデンスがあるのか、どのデータをもとに判断しているのか。場合によっては、その場の議論で翌日の手術内容が変わることもあります。経験だけでなく、根拠に基づいて意思決定する文化は、研究にも直結していると思います。
白須
私自身、研究をするのであれば、できるだけ価値のあるものにしたいと考えています。論文を書くこと自体が目的になるのではなく、その研究が診療のマネジメントに影響を与えたり、他施設にも再現性をもって広がったりするような内容であるかを常に意識しています。
一方で、医療全体に影響を与えられるような研究は、偶然生まれるものではありません。やはり、十分に考え抜いて設計しなければ、本当に意味のある研究にはならないと思っています。だからこそ、自分自身も常にその姿勢を大切にしていますし、大学院生や学生を指導するときにも、その大切さを伝えるようにしています。
研究規模の拡大とともに、高まる現場の負担
--- 医学研究を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化しています。現場として、どのような課題を感じていますか?
保科
研究のあり方そのものが、この10年で大きく変わりました。以前は一施設の症例をまとめた研究が主流でしたが、いまは多施設共同研究や全国レジストリの活用が当たり前になっています。また、工学部との医工連携など、異分野と組んだ研究も増えてきました。
一方で、個人情報保護法の整備などにより、研究者に求められる責任や手続きは確実に増えています。患者さんと医師の関係はもともと特殊なもので、診療データを医療の発展に活かすことは、ある意味で暗黙の了解として受け止められてきた側面がありました。
しかし、法律や規則が整備されていく中で、忙しい臨床医が「そこまで細かい確認や倫理審査が必要なのであれば、研究をやらなくてもいいのではないか」と感じ始めている面もあります。その流れには、少なからず危機感を覚えています。
--- 研究の規模間も変わってきているのでしょうか?
保科
以前は、東大の血管外科で100例、200例をまとめて発表するという時代でした。しかし今は、全国のレジストリを活用しなければ、十分な説得力を持つ研究にはなりません。
何百もの施設が関わる中で、それぞれが個別に倫理審査を行うのは現実的ではありません。そこで研究倫理支援室とも連携しながら、レジストリ全体をカバーできる仕組みづくりを進めてきました。
東大がそうしたスキームをリードすることで、全国の施設も参加しやすくなる。多施設・大規模研究の枠組みを整えること自体が、研究の質と信頼性を高める時代になっていると感じます。
--- 一方で、研究規模の拡大により、倫理申請などの現場負担も大きくなっていますか?
白須
そうですね。多施設共同研究になればなるほど、倫理申請の複雑さも増していくと感じます。たとえば、他施設で承認された研究に参加する場合でも、東大としての基準があり、独自の審査が必要になります。「他の施設では問題なかったのに、なぜここでは追加の手続きが必要なのか」と戸惑うこともあります。
もちろん、社会的影響力の大きさを踏まえれば、東大の倫理審査が高い水準を保つことの意義は理解しています。ただその一方で、その分だけ研究者の負担が増えているのも事実です。
また、研究のアイデアがあっても、「何から着手すればよいのか分からない」と立ち止まってしまうこともあります。介入研究や海外機関とのデータ交換など、これまで経験の少ない領域に踏み込もうとすると、実際以上にハードルを高く感じられることもあると思います。
とはいえ、現状にとどまることは、ある意味で後退でもあります。制度が複雑になるほど、それをどう乗り越えるかという視点がより重要になるのではないでしょうか。制度そのものを簡単に変えることはできなくても、「どうすれば実現できるか」を一緒に考えてくれる存在がいれば、研究者は挑戦を続けやすくなるはずです。
単なる“チェック”ではなく、“伴走”する存在へ
--- ここまで制度の複雑化についてお話を伺いましたが、研究倫理支援室のサポートについては、どのように感じていらっしゃいましたか?
白須
率直に言うと、東大に復帰した当初は「正直、大変だな」と感じていました。細かな指摘が続いたり、修正が何度も差し戻されたりすると、「ここまで対応しなければならないのか」と思うこともありました。他施設ではそこまで求められなかっただけに、なぜ東大ではここまで厳密なのか、と感じたこともあります。
もちろん、研究の質を担保するためだということは理解していました。ただ、臨床をしながら研究を進めている立場からすると、精神的にも時間的にも負担は大きかったですね。
保科
彼がフラストレーションを感じていることは分かっていました。ただ、研究倫理支援室側にも事情があります。多くの依頼が寄せられるなか、限られた人員で対応しなければならない。ですから、感情的に不満をぶつけるのではなく、建設的に相談すべきだという話をしたこともあります。
私自身、倫理委員を務めていた時期もあり、研究倫理支援室の立場はある程度理解しているつもりです。実は、昔は私も彼と同じように「なんだ、この面倒な申請は」と感じていた時期がありました。でも、そこから少しずつ制度が整備され、現在の形にたどり着いている。もちろん完璧ではありませんが、試行錯誤を重ねながら進化してきた過程を知っています。
一方で、彼の反応は、研究を前に進めたいという思いがあるからこそ出てきたものでもあります。だからこそ、どちらか一方が正しいという話ではない。感情だけでぶつかっても前には進まないですし、研究者側も支援する側も、お互いの立場を理解しながら調整していくしかない。その積み重ねが、仕組みをよりよいものにしていくのだと思っています。
--- その後、研究倫理支援室への見方は変わりましたか?
白須
変わりましたね。特に大きいと感じているのは、こちらの声をきちんと受け止めようとしてくれていることです。以前は、どうしても手続きの確認や形式的な修正が中心になっている印象がありましたが、最近は研究の本質的な部分を一緒に見ようとしてくれている姿勢が伝わってきます。
それまでは、どこが本当に重要なのか分からないまま、言われた通りに修正している感覚もありました。でも、研究の意図や背景を共有しながら議論できるようになったことで、やり取りの質が明らかに変わったと感じています。単なる“チェック”ではなく、“伴走”になったという感覚があります。
--- 実はここ最近、研究者目線でサポートできるように、ドクター出身のメンバーを研究倫理支援室では積極的に採用しています。そういった点も影響しているかもしれません。
白須
それは本当にありがたいですね。研究の現場を知っている方が間に入ってくれるだけで、議論の前提が共有しやすくなります。どこが本質的な論点で、どこが調整可能な部分なのかを一緒に整理できる。そうした存在が研究倫理支援室にいてくれることで、研究者としては前に進みやすくなると感じています。
研究環境をより良くする鍵は、“対話”にある
--- 今後さらに研究環境を良くしていくために、研究倫理支援室に期待することがあればお聞かせください。
白須
まず短期的なところで言えば、「どこに相談すればいいのか」がより明確になるとありがたいですね。研究を始めるときに、「これはどこまでが倫理の問題で、どこからが研究推進の話なのか」と迷うことがあります。窓口がはっきりしていて、“まずはここに相談すればいい”と思える体制があるだけで、研究への一歩は踏み出しやすくなると思います。
そういう意味で、研究倫理支援室の役割が、単に審査委員会事務局なのか、それとも研究を推進するパートナーとして、より広い相談に応じてもらえるのか。その位置づけが明確になれば、研究者側も安心して相談しやすくなるのではないでしょうか。
倫理審査はどの研究にも必要ですし、初期段階で最も身近な相談先が研究倫理支援室であることも少なくありません。だからこそ、研究倫理支援室の役割が少しでも広がれば、頼もしさを感じる研究者はさらに増えていくのではないかと思います。
保科
また、AIの活用にも期待しています。基本的な手続きの確認や過去事例の参照、申請書のたたき台づくりなど、定型化できる部分はAIでサポートできるはずです。すでに取り組みを進めていただいている部分もあると承知していますが、研究者が24時間いつでも相談できる仕組みが整えば、最初の一歩のハードルは大きく下がるのではないでしょうか。
形式的な部分を効率化できれば、その分、人が担うべき本質的な議論に時間を充てられるようになります。そうした環境づくりが、結果として研究の質の向上にもつながっていくと考えています。
--- 中長期的な視点としては、どのような取り組みを推進すべきだとお考えですか?
保科
より大きな視点で言えば、組織全体の再設計も視野に入るかもしれません。倫理審査、研究推進、資金管理といった機能が、それぞれ最適な形で配置され、有機的に連携できる体制が望ましいと思います。
研究設計は、倫理審査だけで完結するものではありません。研究費の確保や管理、データの取り扱いなど、複数の機能が連動して初めて、質の高い研究設計が成立します。そうした全体最適をどう実現するかが、これからの重要な課題ではないでしょうか。
東大は、日本の中でも影響力の大きい存在です。だからこそ、研究環境のあり方についても、一つのスタンダードを示す責任があると感じています。高い水準を保ちながら、研究者が挑戦しやすい仕組みをどう両立させるか。その模索を続けること自体が、全国へのメッセージにもなるはずです。
その意味でも、研究する側と支援する側が率直に意見を交わし、仕組みをより良くしていくための対話の場は、これからますます重要になるのではないでしょうか。
--- ありがとうございます。私たちも対話が大切だと考え、こうしたインタビューを企画しましたので、そのような言葉は大変励みになります。
保科
医療の世界では、先進的な研究に取り組もうとすればするほど、前例のない事柄が増え、判断が難しい局面も多くなります。そうしたときに、同じ方向を向き、ときには同じリスクを共に背負いながら進んでいける関係が重要だと思います。
研究者と研究倫理支援室の関係は、なれ合いでもなく、対立でもない。お互いを尊重しながら、研究をより良いものへと磨き上げていく。そういう関係が望ましいのではないでしょうか。研究倫理を制約としてではなく、より良い研究を設計するための土台として機能させる。そのために、研究者とともに伴走する存在であってほしいと思います。
血管外科の科長を務めています。東京大学 血管外科のモットーは「エビデンス(論拠)に基づいた治療」です。当科は全国の血管外科の中でも、多くの研究成果を発信してきました。そこで得られたエビデンスを実臨床に還元し、根拠に基づいて信念をもって治療を行う。それが私たちの基本姿勢です。